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大阪地方裁判所堺支部 昭和61年(わ)396号 判決 1989年2月20日

主文

被告人は無罪。

理由

一  本件公訴事実は、

「被告人は、顔見知りの高校生K・A子(当一八年)を普通乗用車に乗車させてドライブ中同女に交際を求めたものの、同女が素気ない応答をしたことから、同女を強いて姦淫しようと企て、昭和六一年五月一九日午後五時三〇分ころ、大阪府羽曳野市駒ケ谷四八八の九広域農道上に駐車中の右自動車内において、同女に対し、全長一五センチメートル位のくり小刀様の刃物を突きつけ『もう生きててもしょうがない、お前殺して俺も死ぬ、二度と見られんような顔になるか俺に抱かれるかどっちか選べ、それとも死ぬか。服脱げ。』等と申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧して、同女を全裸にした上、強いて同女に自己の陰茎を口淫させた上、馬乗りになって姦淫し、もって同女を強姦したものである。」というのである。

二  本件で被害者とされるK・A子(以下「被害者」あるいは「A子」という。)は、捜査段階以来公判廷を通じて一貫して公訴事実のとおり被告人に強姦された旨供述している。これに対し、被告人は、後記のとおり、捜査段階では当初強姦したことはもとより当日被害者と行動を共にしたことはない旨犯行を否認していたが、その後若干の曲折を経て終局的には犯行を自白するに至ったものの、当公判廷において、当日被害者と全く行動を共にしていないし犯行現場へ行っていないし被害者を強姦したこともない旨供述し、犯行を全面的に否認するに至っている。

本件においては、第五回及び第六回公判調書中の被害者とされる証人K・A子の供述記載(以下「被害者証言」あるいは「A子証言」という。)と被告人の捜査段階における自白以外には公訴事実記載のように被告人がA子を強姦したことを認めるべき証拠は無く、犯行の目撃者も証拠物も無い。本件の成否は、右のA子証言と被告人の捜査段階での自白の信用性の有無にかかっている。

三  そこで、まず、被害者A子の証言の信用性について検討する。

1  A子の証言の要旨は、次のとおりである。

(一)  自分は、現在大阪府藤井寺市〇〇二丁目<番地・略>(以下特に明示しないかぎり大阪府である)に住んでいるが、二、三年前までは同市〇〇一丁目<番地・略>に住んでいた。この間の距離は歩いて五分くらいである。自分は本件当時性経験の無い高校三年生であり、芸能プロダクションに所属して女優の仕事もしており、これまでに十数本のテレビドラマ等に出演して、演技力の面でも評価されている。

(二)  自分は、三、四年前(中学二年生のころ)からこれまでに道を歩いているときなどに被告人から五回から一〇回くらい声をかけられた。被告人は昼間から外車に乗っており、普通とは違う仕事をしている人というイメージがあってやくざっぽく見え、怖かった。中学生のころは、声をかけられるたびに家に逃げ帰っていた。被告人とは別にしゃべりたくもなかったし、声をかけられても普通にうなずいていただけだった。被告人がどこの誰であるかは全く知らず、自宅の近くの喫茶店「カトレア」の前にその運転する外車をよく停めていた。自分の母からもその男に気をつけるよう注意されていた。本件の少し前の昭和六一年五月一一日(以下特に明示しない限り昭和六一年である。)も、藤井寺市内のスーパー「ジャスコ」店内のラーメン屋で声をかけられ、その日の午後二時か三時に右ラーメン屋の前に来いと言われたが、断るとしつこく何度も声をかけられるので、軽く、はい、と言っておいただけで実際には行かなかった。

(三)  本件当日の五月一九日(以下、時刻で示すのは、同日の趣旨である。)午後四時過ぎころ、自分は学校を終えて近鉄南大阪線藤井寺駅(以下特に明示しない限り同線である。)から単車に乗って自宅に帰る途中、普通乗用自動車(赤いマツダファミリア)に乗った被告人に後ろから声をかけられた。約束を守らなかったのを覚えていたので目も合わせないようにしていたら、被告人から、車の窓越しに傘を貸そうかと言われたので、結構ですと言って断って前方に進もうとすると、被告人は車を加速して自分の運転する単車の前方に切れ込んでとめて自分の進路をふさぎ、「なんで約束破ったんや。」「今から一緒に喫茶店でも行ってくれるか。」と言った。自分はその誘いをいったんは断ったが、被告人が「この間も約束破ってなんでそんなんいうんや。」「来などうなるか分かっているか。」等と怒鳴り脅すように言うので、自分や家族にどのような危害を加えられるかもしれないと考えて怖くなり、近くの恵我之荘の喫茶店へ行くということであり、すぐ帰してもらえ午後五時までには帰してくれるものと思い、自分に付きまとわないで欲しいと言うつもりでこれに応じることにした。被告人から着替えて来いと言われたので、いったん家に帰って学校の制服を脱いで外出着である黒のワンピースに着替え、黒色のチャイナ帽子をかぶり、白色のリボンを付け、ビーズで出来たポーチ(小物入れ)を持って出た。自宅前の建築作業現場で作業していた父には「友達のところへ行ってくる。」と言って出かけた。

(四)  自分は、午後四時半過ぎ、被告人に指定された待ち合わせ場所の駐車場に行き、その場で待っていた被告人に「すぐ帰してください。五時までに帰らないと母が必配しますから。」と言うと、被告人に「大丈夫、大丈夫。」と言われ、さらにポーチを取り上げられてそれを車の中に入れられたので、仕方なく被告人の車の助手席に乗った。

(五)  二、三〇分間自動車を走らせる間、被告人は一人で自慢話などをしていた。喫茶店に行くのかと思っていると、被告人は集金に行ってから喫茶店に行こうと言って、集金先まで行き、車を止めて公衆電話(後記のとおり南河内群太子町春日一三二番地の八所在)から集金の相手に電話をかけていたが、間もなく相手がいないと言って車まで戻ってきた。自分が五時までに帰りたいからと言うと、被告人は喫茶店に行かないで帰ればいいと話した。その後車を止めて(後記のとおり同所一七八番地の四所在のコンビニエンス・マツモト)被告人が自分のために缶入りのファンタオレンジを、被告人自身のために何か飲み物(後で缶ビールと分かった)を買ってきた。その時、車の中の時計で五時前だった。被告人が飲み物を買いに行っている間、カーラジオのニュース番組でクラクションを鳴らされたことに怒った車の運転手が持っていた包丁でクラクションを鳴らした人を刺し殺したというニュースを流していたので、被告人に「何で車に包丁なんか持って乗っているんでしょうね。」と聞くと、被告人は「俺も持っているよ。」と答えた。

(六)  自分は、これで帰してくれるものと考えてそのまま車に乗っていたが、気が付くと車は山の奥のぶどう園の方に来ていた。被告人からは、ちょっとだけ話をしようと言われた。自分は、被告人が包丁を持っているという話も聞いていたため、恐ろしい気もしてすぐに帰してもらえるのなら少しだけ話をしてもいいという気でいた。

(七)  ぶどう園に囲まれた農道上の強姦被害現場(後記のとおり羽曳野市駒ケ谷四八八番地の九広域農道)には、午後五時過ぎに着いた。被告人は、運転席に座ったまましばらく缶ビールを飲んで話をしていた。かようにして三〇分以上話しているうちに被告人の目付きが変わって、「自分はもうすぐ白血病で死ぬ。」と言い、自分が「病院へは行かないの。」と聞くと「行ったかてもう無駄や。後は死ぬのを待つだけや。だから俺は死ぬのは怖くない。最後にA子を抱きたい。」と話した。被告人がビールを飲むことについて、自分が「そんなの飲んだら体によくないんじゃないの。」と聞くと、「ビールとたばこはいいが日本酒はあかん。」と言ったので変だと感じた。自分が「なんであなたに抱かれないといけないの。」と言って被告人にはむかったところ、被告人は車の座席の下からナイフを出してきてその鞘を取り、これを自動車のハンドルの中央に突き立て、助手席に座っていた自分の顔の方に突きつけて、「服を脱いで俺に抱かれるか、二度と見られへんような顔になるか、死ぬかどれか選べ。」と言った。が「どれも嫌だ。」と答えると、被告人から「何甘えてんねん、早く服脱げ。」と言われたので、殺されるのが怖くて助手席でパンティーを残して服を皆脱いだ。

(八)  裸になった自分に対して、被告人は、ナイフを示して、口淫するように命じ、嫌がる自分に「それが終わったら帰してやる。」と言ってそれを実行させた。途中、被告人は小便をしに車外に出たため、自分が服を着ようとすると、間もなく被告人は車内に戻って来て、自分に再び服を脱いで口淫を続けるよう命じたので、自分はそれに従った。被告人は、自分が口淫する様子を懐中電灯で照らして見ていた。その後、被告人は、「今度は俺が抱く。」と言って助手席に座っていた自分にのしかかり、自分が「約束が違う。」「私なんか抱いても仕方ない、そんなんしても何にも感じひん、生理前やし汚いから。」等と言って抵抗したが、自分を怒鳴りつけたり、殴打する気勢を示して脅迫して姦淫した。

(九)  自分は被告人から姦淫されこんな目に遭わせた被告人を殺してやりたいくらいに憎らしく思った。服を着た後被告人に「早く送って下さい。」と言ったが、被告人は「ビールもう一本飲んでから帰したる。」と言い、そこから車を走らせて停車し、自分にお金を渡した。自分は、一人で助手席から降りて、車の停車した所から五、六メートル後方にあった酒屋(後記のとおり羽曳野市飛鳥一二〇一番地所在の端山酒店)の店先の自動販売機まで一人で歩いて行き、その金でアサヒの缶ビール一個を買った。その際、酒屋の人に助けを求めることは頭になく、半分なげやりな気持ちであった。缶ビールを買って車に戻り、運転席にいる被告人に対して車の窓越しに渡した後、そこから自分一人で帰るため助手席の上にあったポーチを窓から手を伸ばして取ろうとしたが、被告人にその手を押さえられたり、引っ張られたりしたので再び乗車すれば更にどこへ連れて行かれるかもしれないと思ったけれども、そのまま車に乗った。

被告人は、再び車を強姦現場まで走らせて停車し、その場の車内でビールを飲み終わった後、車の時計で午後七時四五分ころ、同所を出発した。ところが、車が古市駅まで来たとき、被告人が自分に古市駅で降りるように言ったので、自分は「お金を持っていないから古市駅で降ろされても家に帰れず困る。」と言うと、被告人は古市駅前で千円札数枚を四つに折ったものを自分に手渡した。古市駅で降ろされるとき、被告人から「今から一緒に警察へ行って俺に強姦されたというか。」と言われたが、強姦した本人と警察へ行っても信じてもらえないと分かったし、恥ずかしかったので「行きません。」と答え、警察へ行かなかった。

(一〇)  自分は、古市駅前からタクシーに乗ったが、家まで行くと強姦の被害に遭ったことが家や近所の人に分かるので、途中の藤井寺球場近くで降りて被告人から手渡された千円札を全部運転手に渡した。運転手が多すぎると言っていたが、「取っといて下さい。」と言って、傘をタクシーの中に忘れ、雨にぬれながら、死にたかったがその前に母親の顔を見たいという気持ちで二〇分くらいかかって家の近くまで歩き家の前の田んぼのあぜ道からずっと家の方を見ていた。そのうち、自分に気付いた母B子が家から出てきたが自分の落度でこのような被害にあったことから合わせる顔がないと考え、逃げようとしたものの、結局母に説得されて午後九時三〇分ころ家に入った。

(一一)  事件当日の被告人の車は、赤のマツダファミリア、ハッチバック、サンルーフ付の自動車で、被告人は仕事用に乗っていると言っていた。ハンドルの中央にマツダと表示されてあり、車内のダッシュボード上には伝票のような紙が乱雑に積まれ、汚れていた。自分は、強姦の被害に遭う前はもちろん遭ってからもその車のナンバー(登録番号)を見たり控えたりする余裕はなく、見ようという気もせず見なかったため覚えていない。

(一二)  自分は、その日に警察に告訴し、その日のうちに警察から事情を聞かれたが、その際、被告人から古市駅でお金を渡されたことを話すと自分が売春したものと間違われるのではないかと思うと怖くて、古市駅から電車で帰ったとうその話をしたが、その後の調べの段階で被告人から金をもらってタクシーで帰宅した旨正直に話した。

2  以下において、前記A子証言の信用性を検討することになるが、本件のような事案においては、その検討に当たっては、A子証言に符合する客観的事実殊に物的証拠の有無のほか、関係者及び関係場所の地理的自然的状況、道路交通網などにも焦点を合わせ、かつ、A子証言自体により、A子が抱いた犯人像、受けた強姦の被害の態様、これに対する同女の対処の実際的状況などをも十分念頭において考察する必要がある。以下これらの点についてまず述べることとする。

(一)  事件発生直後の状況について

<証拠>によると、次の事実が認められる。

イ A子は、当時一八歳の高校生であり、本件当日の五月一九日午後八時二〇分ころ、黒っぽいワンピースを着て、黒のベレー帽をかぶった服装で、古市駅前のタクシー乗り場から一人でタクシーに乗り、午後八時三〇分ころ、藤井寺球場(藤井寺市春日丘三丁目所在)の近くまで乗って、料金が八七〇円であるにもかかわらず三〇〇〇円をタクシー運転手に渡し、釣りはいらないと言って下車し、そこから雨にぬれながら直線距離で約一キロメートル北方に当たる自宅に歩いて行ったこと

ロ A子は、同日午後九時過ぎころ、自宅前の田のあぜ道に雨にぬれながら立っていて、同女の帰りが遅いため心配して自宅玄関から外を見ていた母親のK・B子(以下「B子」という。)に対し、小さい声で「おかあさん。」と言い、B子がA子に近寄るとA子は逃げようとしながら「おかあさんにお別れに来た。」「もう家に帰らへん。」と言った。B子が「なんかやられたの。」と聞くと、「うん。」と首を振り、B子が「だれに。」と聞くと、「お母さんが注意せえ注意せえと言うてたやつ。」と答えたこと

ハ 同日午後九時四〇分ころ、B子から羽曳野警察署に対し、電話によってA子の強姦被害についての申告があり、その直後A子方に事情聴取に来た警察官に対し、B子は犯人として「氏名不詳、年令二五、六歳、身長一七〇センチメートル前後、パンチパーマ、やせ型、赤と白の縞模様のTシャツ、黒ジャケット、黒ズボン、一見遊び人風、赤色のマツダ製乗用車に乗っていた男である旨申告し、A子も同日の警察官の事情聴取に対し、同旨の供述をしていること

ニ 同日、A子は男性と性交渉をもっていることが認められる。

(二)  物的証拠について

イ しかしながら、<証拠>によると、A子の指示により、その翌日、強姦の犯行現場とされる場所で、犯人が飲んで捨てたとされる缶ビールの空缶三個(昭和六二年押第三五号の3)、被告人が吸って捨てたとされるタバコの空箱一個(同号の4)及び犯行に使用して捨てたとされるティッシュペーパーの空缶(プラスチック製)一個(同号の1)が押収されたが、これらからは、被告人や他の人の指掌紋は一切検出されていない。

ロ <証拠>によると、警察ではA子が犯人が犯行に使用したという赤色マツダファミリア、サンルーフ付、ハッチバックの普通乗用自動車について、昭和六一年一〇月末から昭和六二年六月までの約八カ月間、大阪府下の登録自動車について、被告人との関連、盗難の有無、他の者への貸与等について聞き込みを実施したけれども、該当車がなく、被告人の身辺からは発見されなかったことが認められる。

(三)  関係場所の地理的状況、道路状況及び交通網について

<証拠>によると(なお市販の地図をも参酌している。)以下の事実が認められる。

イ 犯行現場とされる羽曳野市駒ケ谷四八八番地の九広域農道上というのは、金剛生駒国定公園の金剛山地の西北端の標高約二九三メートルの寺山及び同二一一メートルの鉢伏山の南側斜面上のぶどう畑内で、上ノ太子駅の北北西約一キロメートルくらい(直線距離)に位置する。

ロ A子が被告人の車に乗ったという地点は、藤井寺市小山一丁目一四番二号、青空駐車場であり、犯行現場への往路被告人が公衆電話をかけたという地点は、南河内群太子町春日一三二番地の八、ライムスポーツ先であり、また、往路被告人が缶ビール等を購入したというのは、同町春日一七八番地の四、コンビニエンス・マツモト前の自動販売機である。強姦の被害を受けた後、犯人の車で行ってA子が缶ビールを購入したというのは、羽曳野市飛鳥一二〇一番地、端山酒店前の自動販売機である。

ハ A子の指示する犯人の車が走行した走行経路と走行距離は、往路は前記ロ記載の車に乗った地点から南へ約四〇〇メートルくらい行き、同所で交差する府道大和高田線を東進し、西名阪道路沿いに東南へ進み、国道一七〇号に出てこれを南下し、古市駅のすぐ南側で左折して東進したか、もしくは、左折せずにさらに南下して同市古市五丁目所在の安閑天皇陵の南を東へう回し、いずれにしても大和川の上流の石川にかかる臥竜橋を東へ渡り、国道一六六号へ出てこれを山沿いに進み上ノ太子駅のすぐ東側の踏切を南へ渡って約八〇〇メートル前後行って前記ロ記載の公衆電話に至りここで被告人は電話をかけ、さらに同記載のコンビニエンス・マツモトに至り、ここで被告人は缶ビール等を購入し、来た道を戻って上ノ太子駅東側の踏切を北へ渡り、北側の山中の道路へ入り、犯行現場に至ったものであり、車に乗った地点から公衆電話までの走行距離は約九キロメートル、公衆電話からコンビニエンス・マツモトを経て強姦の犯行現場までは同じく約二キロメートルくらいであること、復路は、同現場から上ノ太子駅近くの前記端山酒店まで行った後、元の道を再び強姦の犯行現場に戻り、さらに同所から南へ行き国道一六六号に出てこれを西北進し、右臥竜橋を西へ渡って古市駅南の踏切を西へ渡って同駅前の羽曳野市栄町三番四号先に至り、A子は同所において犯人の車を降りたもので、この復路の走行距離は約五キロメートルくらいである。

ニ 被告人方である藤井寺市〇〇二丁目<番地・略>から前記ロ記載のA子が犯人の車に乗ったという地点までは約六〇〇メートル、A子の住居である同市〇〇二丁目<番地・略>から右車に乗ったという地点までは約五〇〇メートルくらい、被告人の住居とA子の住居とは小学校を中にして直線距離で約五〇〇メートルくらい、同市〇〇一丁目<番地・略>所在の被告人経営のスナック「K」は藤井寺球場のすぐ東隣である。また、被告人が捜査段階の自白において供述しているスナック「K」の従業員S方(松原市〇〇町<番地・略>、これは第一八回公判調書中の証人Sの供述部分により認める。)は、右藤井寺球場ないしスナック「K」からは直線距離で約二キロメートルくらい西方の地域にある。さらに、A子が、犯人の車に乗る際に行くものと思ったという恵我之荘というのは、藤井寺駅ないしスナック「K」の西方約1.5ないし2.5キロメートルくらいの地域である。要するに、これらの各地点は、藤井寺駅の北側の余り離れていないところに被告人方、A子方及び同女が車に乗ったという地点があり、同駅の西方の余り遠くない地域にスナック「K」の従業員S方及び恵我之荘という地域があり、また、同駅のすぐ南側に藤井寺球場及びスナック「K」があり、これに対し強姦の犯行現場は同駅のはるか東南方の山の中腹に位置している。

ホ 犯人がA子を車に乗せて走ったという走行路は、出発点から走行距離約四キロメートル余くらい先の古市駅付近あるいはそこからさらに約六〇〇メートル先の臥竜橋の西詰付近まではほぼ市街地であるが、この橋を東へ渡ると鉢伏山ないし寺山の南西麓沿いに南東へ向けて走る国道一六六号に入り、上ノ太子駅の少し先で二つに分かれ、北側の道をとると金剛山地内の穴虫峠、南側をとると同山地内の竹内峠をそれぞれ経て奈良県へ入ることになる。同国道の両側には民家が立ち並んでいるものの、農山村の趣を免れ難い。出発点から右走行路を進行すると、車の前方及び左右に金剛山地の山容が次第に接近してくる。

(四)  A子が抱いた犯人像は、同女の証言及び前記(一)のハに記載の事実によってみると、当日の犯人は、氏名も年齢も職業も分からず、年齢二五、六歳、身長一七〇センチメートル前後で、頭髪はパンチパーマで、やせ型の男であり、当日は赤と白の縞模様のTシャツ、黒ジャケットを着、黒ズボンをはいており、本件被害に遭う以前から時々道路で外車を乗り回している犯人から声をかけられていたが、やくざのような男であり怖かったのでこれに応待せず、声をかけられて逃げ帰ったこともあり、あるいは無視して避けてきたもので、強い嫌悪と畏怖の念を抱いており、母親からも特にその男に注意するよう指示されていたものである。本件当日は、帰宅のため運転走行中の単車の前へ犯人の自動車を切り込ませて単車を停止させるという危険かつ粗暴きわまりない実力行使に出たうえ、怒鳴って同女やその家族に危害を加える旨脅迫したのであり、強姦の被害に遭った後は、犯人を殺害したいくらい憎悪し、自殺すら考えるほど絶望したというのである。

(五)  強姦の態様は、A子証言によると、ナイフを車のハンドルの中央に突き立て、A子の顔の方に突きつけ、顔に傷つけ殺害すると言って脅かされ、応じなければ殺害されるかもしれないと畏怖した、二度にわたってかなりの時間口淫させられたあげく姦淫されたというのである。

3  以上の事実関係を前提としてA子証言の信用性をその証言内容に沿って以下に具体的に検討する。

(一)  A子証言では、A子は本件当時性経験のない高校三年生の女性であったというのであるから、犯人に対して前記2の(四)記載のような常々嫌悪感畏怖感を抱いていて母親からも要注意人物として注意されており、本件当日も危検で粗暴な実力行動に出られ、あまつさえ怒鳴られて同人のみならず家族にまで危害を加える旨脅迫されたのであれば、A子としては一層嫌悪感畏怖感を募らせて犯人との接触を回避するよう努めたはずである。また、当時、父親が自宅前の建築現場で作業中であったのというのであるから、父親の助力を得て、すなわち、父親に事情を話して父親一人であるいは父親と一緒に犯人の待っている場所へ行き、これ以上同女に接触しないよう強く申し入れ、場合によっては氏名住居を問いただし、乗っている車の特徴などから犯人を特定して警察に通報するなどして犯人の同女に対する接触を断固として拒否することも十分できたものと考えられる。ところが、A子証言では、A子は、いったん帰宅するや当時着ていた学校の制服を脱ぎ外出着に着替えた比較的魅惑的な身なりで自宅前にいた父親には事情を全く話さず、友人方へ遊びに行くとだけ虚構の事実を告げて犯人の待っていた場所へ行ったというのである。その際、所持金も全くなかったというのであるから、これは出先で犯人の出費で飲食し、帰路は犯人に送ってもらうことを当然のこととして予定していたものと考えられる。かようにみると、A子の述べる犯人像、犯人と行動を共にするに至った動機、経緯と現実にとった行動との間には理解し得ない矛盾がある。

(二)  A子証言では、A子は、犯人の待つ場所へ行って犯人と会った際、犯人がその運転する自動車で待っていたというのであるから、同女が近くの喫茶店で犯人に今後自分に付きまとわないよう要求するつもりであったのであれば、行き先を確かめるとか、話をするための近くの喫茶店を指定するなどし、また、その抱いていた犯人像からみると、犯人の車に乗ることには強い抵抗を感じたはずである。ところが、A子はかような行動に出ることなく、すすめられるままに犯人の車に同乗している。そしてまた、同女は近辺の地理には明るいはずである。同所を出発して走行中、車が藤井寺市内を離れて羽曳野市へ入り、次第に市街地を遠ざかって金剛山地に近ずき、古市駅を過ぎて臥竜橋を渡ってからは山麓沿いの道路を走り、そのまま進行すれば山中の峠に至ることが分かっていたはずであり、走行方向も当初犯人が述べていた恵我之荘とは逆の方向で走行距離もかなりに及んでいるのであるから、途中で危惧危険を感じろうばい動転して犯人に行き先を問いただしたり停車あるいは逆戻りを要求したり、その他様々の抗議行動に出て犯人のところから離脱することを企てて危険を回避しようとする行動に出るはずである。ところが、A子証言では、A子は、犯行現場に至るまでのかなりの時間、かなりの距離を走行中、そのような行動に出ておらず、むしろ、犯人の話した内容、ラジオのニュースの内容をよく記憶しており、これに関連した日常会話を犯人と交わしたりしている。また、犯行現場に至ってからも、同所は、周囲に全く人家の見当たらない山中の農道上であるから、一層強く危険を感じてこれに対処する行動に出ても不思議ではないのに、同所に停車中の車内において、犯人から病気である旨聞かされるやかえって犯人の身を気づかうような会話をすら交わしている。かようにA子のとった行動は、嫌悪畏怖している犯人に予期とは異なった状況下におかれた者の行動としては理解できない矛盾がある。

(三)  A子証言では、強姦の被害に遭って後、端山酒店へ行ったとき、A子は犯人からビールを買うために金を渡されて一人で下車し、犯人の乗った車の後方五、六メートル離れた自動販売機で缶ビールを買ったというのであるが、同女は、犯人に対し強姦前に既に嫌悪畏怖感を抱いていたところへさらに強姦されて犯人を殺害したいくらいの憎悪を抱き自殺すら考えるほど絶望したというのであるから、端山酒店前で一人で下車したことは犯人から離脱する絶好の機会なのであり、同酒店なり、付近の民家に救援を求めるか、そのまま逃走するという行動に出たとしても少しも不思議ではない。再び犯人の車に乗ればさらに危害を加えられることも十分考えられたわけであるから、余程のことがない限り犯人の車に乗り込むこともなかったはずである。さらには、犯人は顔見知りであったけれどもどこの誰ともわからない男であったのであるから、車種及び車内の状況はよく記憶していたのであるから、警察に被害申告するか否かはともかく、少なくとも両親に対する説明など事後に備えて自動車の登録番号のせめて一部なりとも見て記憶していて然るべきである。ところが、A子証言では、A子は、自動販売機で缶ビールを買った後犯人の車に戻ってこれに同乗し、犯人の運転に任せて再び犯行現場に戻り、同所で停車した車内で犯人が右のように買った缶ビールを飲み終わって帰途についており、端山酒店や付近の民家に救助を求めておらず、そのまま逃走を図ることもしておらず、この際にもまた古市駅前で下車した際にも自動車の登録番号の一部だに見てこれを記憶しておらず、見て記憶しておこうという気もなかったというのである。もっとも、A子証言では、A子は缶ビールを買ってこれを車の助手席の窓越しに犯人に渡そうとしたところ、犯人からポーチを押さえられ腕を引っ張られて無理やり車に乗せられたのであって、任意に乗ったのではない旨供述しているが、助手席側の窓越しに缶ビールを渡した後に腕を引っ張られたという状況があったとしても、犯人が腕を離さなければドアを開けてA子は乗車できないはずであるから、この離したときに逃走することも可能であったのにこれをしていないところからみると、やはり同女は任意に車に乗り込んだものと考えるほかないのである。

かように、A子のとった行動は、前記2の(四)記載のようにその抱いていた人間像の犯人から前記2の(五)記載のような刃物を用いて殺すと言って脅かされてその旨畏怖し、耐え難い態様で強姦されて犯人を深く憎悪し、自殺まで考えるほど絶望した被害者の行動としては理解し難い矛盾がある。

(四)  A子証言では、古市駅前まで来てA子が下車するころ、A子は犯人から「ここで降りるよう。」言われて、「金を持っていないから古市駅で降ろされても家に帰れずに困る。」と言ったが犯人は同女に金を渡して同女を置き去りにした。また、そのころ犯人から、「今から一緒に警察へ行って俺に強姦されたと言うか。」と言われたが強姦犯人と一緒に警察へ行っても信じてもらえないと分かったので行かないと言ったというのであるが、同女が犯人から強姦されて犯人を強く憎悪し自殺まで考えるほど絶望したというのであれば繁華で交通の便のよい同駅で犯人から下車せよと言われれば、むしろ犯人から離脱する好機であり、A子は、これより先、端山酒店前では腕を引っ張られて無理やり車に乗せられたとさえ述べているのであるから、むしろ喜んで下車して犯人のもとから離脱したはずであり、これを断るはずがないのである。所持金が無いことは下車するのを拒む理由にならないように思われる。また、A子の述べるような人間像の犯人がその述べるような悪質な強姦をしたのであれば、犯人はむしろ犯行が警察に発覚するのを恐れていたはずであるから、自分と一緒に警察へ行って自分に強姦されたと言えとなどと言うはずがないのである。また、当時は犯行直後に近い時間帯なのであるから、A子が犯人に強姦されたのであれば犯人と一緒に警察へ行って被害申告しても強姦の被害を信じてもらえないなどと考えるのは不自然であり、むしろ、この際、一緒に警察へ行って犯人を検挙してもらおうと考えても不自然ではない。同駅付近におけるA子と犯人との会話の内容は、それ自体また後記(九)記載とあわせて考えるとなおさら、強姦の犯人と被害者との会話というよりは、むしろ、両者が親密な間柄にあったのではないかとの疑いを生ぜしめる。

なお、同駅で犯人がA子を下車させて置き去った点にも疑問のあることは、後に被告人の自白に関して述べるとおりである。

(五)  A子証言では、A子と犯人は、犯行現場に到着した午後五時過ぎころから午後七時四五分ころまでの間の二時間三〇分以上もの時間自動車内にいたことになるが、犯人がA子を強姦するつもりで犯行現場に来たのであれば、強姦の実行着手に至るまでの経過と強姦行為をあわせてもそんなに長い時間を要するものとは考えられず、これを含めてもこれほどの時間犯人とA子がどのような状況下でどのように過ごしていたのか理解し難い。A子の証言からは、強姦が終わるまでの被害状況以外にA子と被告人との間で激しい抗争があったとか、その他A子が身体的にも精神的にも強い拒否的態度をとっていたような事情はうかがわれない。むしろ、強姦犯人とその被害者というようなものではない平穏な状態で過ごしていたのではないかという疑いも生じるのである。

(六)  A子証言では、A子は、古市駅前からタクシーに乗って藤井寺球場近くで降りて、そこから雨中ぬれながら自宅まで歩いて帰ったというのであるが、同球場は藤井寺駅のすぐ南側にあり、同球場から自宅へ戻るには同駅の北側に出て約一キロメートル歩くことになる。犯人に強姦されて強い憎悪を抱き自殺を考えるほど絶望しており、自殺する前に一目母親に会っておきたいというような心境にあったのであれば、前後を考えずに自宅にそのままタクシーを乗り付けるのが自然である。もっとも、A子証言では、自宅までタクシーで戻ると強姦に遭ったことが自宅の近所の人に分かるから藤井寺球場近くで下車したというのであるけれども、下車したのが午後八時三〇分ころ、自宅近くで母親に発見されたのが午後九時ころであり、いずれにせよ適度の照明がないかぎり暗闇であり、自宅近くに田があることからみて人通りがさほど多いと思えず、また、タクシーで帰宅すること自体不自然ではないことから、A子の言う理由は首肯し難い。たとえそのような配慮が働いたとしても、自宅のやや手前の適当な場所で下車すれば十分であるはずである。わざわざ雨中、約一キロメートルも離れた場所で下車してぬれて歩いて帰ったというのは不可解である。タクシーで帰ったことを秘し、電車で帰ったと言うことにすることに既に決めていたところから、藤井寺駅のすぐ南側でタクシーを降りたのではないかとも考えられるところであって、A子の証言は理解できない。

(七)  A子証言では、A子は、当夜帰宅した後警察官から事情を聞かれた際、被告人から金をもらったというと売春をしたのではないかと疑われるのをおそれてタクシーで帰っていながら電車で帰った旨供述したというのであるが、かような点にまで配慮して虚偽の供述をするということは十分心に余裕があったことを示すものであり、これは強姦に遭って犯人を強く憎悪するとともに自殺まで考えるほど深く絶望し、我を忘れて雨中ぬれながら歩いて帰るほどの心境に陥っていたというのとは矛盾する。犯人からタクシー代を含めた金員を受け取っていることとこの点についてかような虚偽の供述をしていることからみると、A子と犯人との間には金員の授受があっても不自然とはいえないような関係があり、それ故に虚偽の供述をせざるを得なかったのであり、自殺をまで考えるほどの絶望した心理に陥っていなかったのではないかとの疑いが生じるのである。

(八)  A子証言でいう犯行に使用された自動車が、車種及び色、構造の特徴からみて数の少ないものであるのに、被告人やその関係者の身辺からついに発見されなかったことは、被告人がA子証言でいうような自動車を運転していたということに強い疑問を感じる。

(九)  なお、A子証言自体ではないが、前記(四)記載に関連して付言するに、A子は、検察官に対する供述調書(これはA子証言の信用性の判断に用いることができる。)において、古市駅で自分を降ろそうとする被告人を困らせようと思って、「もう家には帰らへん。」と言ったが、被告人は「ちゃんと家に帰らなあかん。」と言うので自分は「お母さんに合わせる顔がない。」と怒鳴って車から降りた旨供述しているのであるが、強姦されて犯人に対して強い憎悪を抱き自殺を考えるほど絶望している被害者が、自分を繁華な駅前で車から降ろそうとする犯人に報復しようというのならばともかく、犯人を困らせようというふうに考えたというのは理解し難く、そのため右のような会話を交わすことも不自然である。かような会話の動機、内容だけでも、また前記(四)で述べた会話の不自然なことをもあわせて考えると、なおさら、A子が述べる犯人像、強姦の態様及び被害感情と、強姦に遭って間なしの時、場所においてかような会話を交わしていたこととの間には理解し難い矛盾があり、かような供述は、A子証言の真実性に疑いを生ぜしめるものである。

4  以上みてきたように、A子の証言するところは、その述べるA子が被告人に対して抱いていた人間像、強姦の態様及び被害感情を前提として考えると、被告人から強姦されたということと、A子が犯人に対してとった行動との間には数々の矛盾やかい離があって、被告人が同女を強姦したものと考えることは困難である。同女は、被告人以外の男性に誘われてその運転する自動車に乗り、犯行現場とされている場所まで行って同所で性交渉を持ち、この男性を明らかにできない事情があったところから作為したのではないかと考えるとこれまでに指摘した同女の証言の矛盾や不自然さが消えるようにも思われ、その旨の疑いをいれる余地があり、同女の証言は信用することができない。

四  次に、被告人の捜査段階における自白の信用性について検討する。

1  <証拠>によると、被告人の捜査段階における供述の状況は以下のとおりであったものと認められる。

すなわち、被告人は、昭和六一年五月三〇日、本件の容疑で通常逮捕され、翌五月三一日から六月三日午前中までは検察官及び司法警察職員により連日取調べを受けながら一貫して本件犯行を否認し、五月三一日には否認を内容とする調書も作成された。

ところが、六月三日午後になって、単にA子を強姦したという結論だけを認める供述を始めたが、それ以上の具体的な供述はなさず、以後六月七日まで連日警察官の取調べを受けながら調書は一切作成されなかった。

その間の六月五日、取調べの警察官が被告人を同行して犯行現場へ至る経路を順次案内させようとしたけれども適切な指示ができず、又、被告人が通過したと指示したという羽曳野市駒ケ谷四四八番地塩野伊一方前路上(近鉄駒ケ谷駅東方約五〇〇メートルの月読橋の手前九メートルの地点)は、幅員が一九〇センチメートルで、当時被告人が犯行に使用したと述べていた外国産自動車サンダーバードの幅員が一八九センチメートルで通過することが不能であった。

六月一〇日、被告人は、検察官の取調べを受け、被告人がA子を自分の車であるサンダーバードに乗せて犯行現場まで連れていき、車に積んでいた十手を同女に突きつけて同女を脅した上強姦したという簡単な調書を作成したものの、右検察官の取調べ終了直後、警察官に対して再び否認に転じる旨表明した。

被告人は、六月一〇日以降、六月一七日までの間、否認の態度を貫き、その間の六月一三日付け及び同月一七日付けの司法警察職員に対する各供述調書では、被告人が一時犯行を認める供述をしたのは、「留置場から早く出たいという気持ちや、取調べの追求から逃れるために言ったことでうそであります。」と述べている。

ところが、被告人は、六月一八日付けの検察官及び司法警察職員に対する各供述調書で再び自白に転じ、犯行に使用した車はA子の述べる赤のファミリアではなく、自己の所有車両であるサンダーバードであり、用いた凶器もA子の述べるナイフではなく、十手であって、それをA子の背中に当ててナイフのように見せかけた旨供述した。

そして、さらに翌六月一九日付けの司法警察職員に対する供述調書では、右使用車両と凶器について、サンダーバードではなくて本当は赤色のマツダファミリアのリフトバックで天井にサンルーフが付いている車であり使用した凶器は十手でなくナイフで、このナイフは車の中にあったものである。この車は、知人の車であり、この知人の名前については、自分が非常に世話になった人であるので、例え口が裂けてもいえない旨の供述をなして変更した上、犯行について詳細な自白をなし、翌六月二〇日付けの検察官に対する供述調書でも、ほぼ同様の供述(車は店の客のものであるという)をなし、同日付け及び翌六月二一日付けの供述調書で司法警察職員に対し、犯行に関連する場所や証拠物、懐中電灯を使用した点等についての供述をして取調べを終了し、同日、本件で起訴された。

2  以上の被告人の捜査段階における供述の特色は、被告人が本件について否認と自白を二回ずつ繰り返している点、及び自白をしている段階での供述内容も、最初の自白においてはただ強姦したという結論だけを認めるもので、その実否認とほとんど差異が無く、供述調書も作成されないようなものであり、二度目に自白をした段階でも、使用車両や使用凶器といったすぐにでも追求される点について始めと終わりとでは全く異なる供述となっており、供述の前後の変遷が極めて著しく、犯行現場への案内もできなかった点である。

かように、被告人の自白が難渋し、著しく変遷していることは、被告人が罪を免れ、あるいは真相を供述することによる不利益を避けるために大筋において認めながら重要な点についてことさらに虚偽の供述をしたものとまで解することは困難である。むしろ、被告人は経験していないことを述べているところからかような事態が生じているのではないかという疑いを抱かざるを得ない。

3  また、その自白の内容についても、合計七通の相当大部に及ぶ自白調書が作成されているにもかかわらず、A子の供述調書の記載を引き写したような部分が多く、いわゆる秘密の暴露とまで言えるような供述はないうえ、以下述べるような客観的事実との矛盾点や不自然、不合理な内容が含まれておりこれらの点からみてもその信用性については大きな疑問を抱かざるを得ないのである。

(一)  ビールを飲んだいきさつについて、被告人は、司法警察職員に対する昭和六一年六月一九日付け供述調書において、「犯行現場の人目のない山中に車を停めてから気持ちを大きくするために、先にA子を口説くのに勇気付けのために自動販売機で買っておいた缶ビールの大、小各一個のうち小の方を飲んだ。」と述べているのに、検察官に対する同月二〇日付け供述調書においては「車を運転しながら小さな方の缶ビールを飲みながら、前に来たことがある人が来ない駒ケ谷でKさんを強姦しようと考えながら車を走らせました」と述べていて、前者では犯行現場に着いてから自己の気持ちを鼓舞するためにビールを飲み始めたというのに、後者では、ビールを飲み始めた動機に触れることなく、犯行現場まで運転していた車の中で飲み始めたように述べて飲み始めた状況が変遷している。それのみならず、第一八回公判調書中の証人Sの供述の部分、被告人の司法警察職員に対する同月一七日付け及び同月一九日付け各供述調書によると、被告人は、酒をほとんど飲めず、店で客にすすめられても薄い水割りのウィスキーをコップ一杯くらい飲む程度でビールは飲まず、店の外では酒を飲まないことが認められ、これは要するに体質的にアルコールを余り受け付けず、自ら好んでアルコールを口にするものではないことを示すもので、自動車を運転中に好んでビールを飲むようなことはしないものと思われる。また、被告人は、当時二八歳で女性経験も豊かであり、アルコールの力を借りなければ一八歳のA子を口説けないということはないものと考えられる。さらに、被告人は、司法警察職員に対する同月一九日付け供述調書において、A子と肉体関係を結び終わってのどが渇いたので大きい方の缶ビールとジュースを飲んだが、これだけではビールを飲んだ気がせず、もう少し飲みたい気になってもう一本飲む気で端山酒店へ行き小さい缶ビール一本を買って犯行現場へ戻ってこれを飲んだ旨供述しているが、のどが渇いたとしてもアルコールを積極的に飲まない被告人が大きい方の缶ビールを飲み、それでもなおビールを飲み足りないと考えて端山酒店へ行き、ここでジュース、清涼飲料水、茶の類を買い求めるのであればともかく、ビールをA子に買わせてこれを飲んだということは、結局被告人が飲んだというビールの総量が約1.2リットルにもなることをあわせて考えると、かようにビールを飲んだという供述は首肯し難い。

(二)  被告人は、検察官に対する昭和六一年六月二〇日付け及び司法警察職員に対する同月一九日付け各供述調書において、強姦後再度ビールが飲みたくなり、端山酒屋の前まで車を走らせ、A子にビール代として二三〇円を渡してA子一人で同酒屋の前にある自動販売機で缶ビールを買って来させ、再びA子を車に乗せて犯行現場に戻った旨供述しているが、強姦の態様及び同女の被害感情が同女の述べているとおりであるとすると、犯人と同女との間には緊張感が強かったものと考えられ、そのような強姦犯人としては、被害者が誰かに助けを求め、その結果自分が逮捕されるに至ることを特に恐れ、そのようなことがないように慎重に行動するものと考えられるのに、被告人の右供述では、被告人はA子が酒屋に飛び込んで助けを求めたり、A子が逃げ出したりすることを全く警戒せず、むしろA子がそのようなことはしないとの信頼感を持っていたものと認められ、A子の述べる強姦犯人の行動としては不自然かつ不合理である。前述したように、A子はこの場所でいったん解放されながら他に救助を求めたり逃走しようとすることなく無抵抗に犯人の車に再び乗り込んでおり、車の登録番号の一部すらも見ようとしなかったことをあわせて考えると被告人が強姦犯人ではないのではないかとの疑いを生ぜしめる。

(三)  被告人は、帰路、A子を古市駅で下車させた理由について、検察官に対する昭和六一年六月一八日付け供述調書では、当夜、「K」の従業員Sを迎えに行って店へ送らねばならず、A子を自宅まで送って行ったのではSを迎えに行く時間が遅くなるからである旨供述しており、司法警察職員に対する同月一九日付け供述調書では、車を古市の方へ走らせながら午後八時ころとなっており、店のことが気になり、このままA子をその自宅の近くまで送って行くと警察にばれるといけないと考えて古市駅の近くでA子を降ろすことにした旨供述している。

しかしながら、一方被告人は、検察官に対する六月二〇日付け供述調書では、同女を古市駅前で降ろしてからS方へ同人を迎えに行き、同人を「K」へ送り届けた旨供述しており、同人方は、前記三2の(三)のニ記載のとおり藤井寺球場の西方約二キロメートルくらいの地域にあって、古市駅からみれば行く方向としてはA子方と余り変わらず、通路としてはもと来た道を戻ってA子方近くへ行き、そこから西方へ少し行けばよいのであって、A子をその自宅付近まで送って行ったからといって時間的にも距離的にもそう無駄になるものではない。また、当時、本件について警察はまだ全く関知していなかったのであるから、A子を送って行っても警察に発覚する危険は全くなかったのである。警察に発覚することをおそれたというのであれば、それより時間的に隔たりのない犯行直後に端山酒店前でA子一人を下車させて缶ビールを買いに行かせ、自らは車の中で待っていたという無防備な態度をとっていたことと矛盾するのであり、その後さしたる理由もないのに急に警察に発覚することをおそれたというのは首肯できない。また、A子証言によると、古市駅で下車するころ、犯人はA子に「今から一緒に警察へ行って俺に強姦されたというか。」と言ったというのであるが、当時、犯人が警察への発覚をおそれていたならばかようなことを言うはずがないのである。A子証言によると、同女は金がないので古市駅前で降ろされては困ると言ったというのであるが、被告人としては、同女をそのいうとおり自宅まで送って行った後、Sを迎えに行き、「K」へ行けば済むことであり、この方がA子の希望にもそえることになる。ところが、わざわざ同女を古市駅前で下車させ三〇〇〇円を与えたのは、同女を車に乗せていたのは、藤井寺駅方面へ行かない者、すなわち被告人以外の者ではないかとの疑いを生ぜじめる。

(四)  被告人は、犯行に使用したとされる自動車について、検察官に対する昭和六一年二〇日付け供述調書では、その車は本件当日、藤井寺駅前のスーパー・ジャスコで店の客から被告人のサンダーバードとの交換を求められてこれに応じ、本件犯行に使用した後「K」へ乗って帰り、当日午後九時ころ、その客が「K」に来て車を運転して帰った旨供述し、司法警察職員に対する同月一九日付け供述調書では、その客は自分が非常に世話になった知人であるから口が裂けてもその人の名は言えない旨供述し、司法警察職員に対する同月二〇日付け供述調書では、名前を出すとその人に迷惑がかかるから名前は出せない旨供述し、検察官に対する同月二〇日付け供述調書では、その人は店の客であり、自分のしたことがその人に知れるのが嫌だし世話になった人の車を用いて強姦したなどとはその人に言えないので、その人の名は言いたくない旨供述している。しかしながら、自動車をいとも簡単に交換しており非常に世話になっている客であるとすると、その客は「K」の客のうちでも特に親しい信頼のおける者ということになり、しかもその車は白昼繁華街を乗り回しているのであるから犯罪にかかわっているものとも思われず、特殊な構造の数少い車であるから、その所有者の名をあげることを拒否しても警察の捜査により被告人の身辺から容易に発見され、被告人がその車を用いて犯行に及んだことは明るみに出るはずである。それにもかかわらず、被告人が車の所有者に自己の犯行を知られることが嫌だとか迷惑がかかるとかという理由で所有者の名前を言うことを拒否し続けていることは理解し難い。警察が長期間にわたり広範囲にわたって捜査したけれどもついに被告人の身辺から該当車が発見されなかったことをもあわせて考えると、被告人はそのような車にかかわっていないのにあえてかかわっているような虚偽の供述をせざるを得なかったからこそ、理由にならない理由を付して車の所有者の名前を言うことを拒否せざるを得なかったのではないかとの疑いが生じる。また、そのような車が被告人の身辺から容易に発見されるはずであるのに発見されていないことは、犯人は被告人ではないのではないかとの疑いを生ぜしめるものである。

4 以上のとおり、被告人の捜査段階における自白は、全体として著しい渋滞を示し、重要な点で著しい変遷をしており、自白の内容も不合理不自然であり、被告人はその経験していない事実を経験したかの如く供述しているのではないかとの疑いを強く生ぜしめるものであり、その自白は真実性に乏しいものといわざるを得ない。

五 かようにして、被害者A子の証言自体も、被告人の捜査段階における自白も信用性が乏しいので、結局本件公訴事実を認めるべき証拠はない。本件は犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。

(裁判長裁判官小河巌 裁判官江藤正也 裁判官森脇淳一)

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